湯前神社秋季例大祭「湯まつり」10月5-6日、熱海温泉を江戸城の徳川将軍家へ献上する道中を再現した「湯くみ道中パレード」が開かれ、道中奉行に扮した神社関係者や芸妓衆、みこ姿のミス熱海ら約100人が熱海駅から湯前神社までの約2キロの区間を練り歩き、観光客らを魅了しました。
慶長2年(1597年)に徳川家康がこの地で湯治をして以来、熱海は徳川将軍家との関係が深まり、4代将軍家綱の時から江戸城へ熱海・大湯の温泉献上が始まりました。
当時は、温泉を真新しい檜の湯樽にくみ、「御本丸御用」の朱の日の丸をたてて頑強な男数人が昼夜兼業で担ぎ、28里(約109キロ)離れた江戸城に15時間で献上。90度の源泉が、本丸に着いた時分にはちょうどいい湯加減になり、将軍はそのまま入浴したと伝えられます。その風景から「熱海よいとこ日の丸たてて御本丸へとお湯が行く」という唄が生まれました。
この日は、巫女(みこ)に扮したミス熱海4人が献湯の手桶、熱海芸妓衆が神社に奉納する湯の入った白磁の瓶子(へいし)を持ち、湯前神社神輿保存会の女性メンバーが献湯神輿を担いでパレードしました。
■湯くみ道中 4代将軍家綱の時から江戸城へ熱海・大湯の温泉を献上。27軒の温泉宿主人が、紋付袴の正装で見送り、武士の護衛の下に「御本丸御用」の旗をたて、江戸城へ運んだ。その後、船輸送に代わったが、最も盛んだった8代将軍吉宗の時代には9年間に3640樽を献湯したと伝えられる。